Monday, May 03, 2010

昭和の日



 4月29日午前三時、義父が逝った。享年77才、三月に喜寿を迎えたばかりであった。
 誠実で温厚、そして子煩悩だった義父。葬儀では孫娘4人が、それぞれにメッセージを読み上げ、会葬者の涙を誘った。長い闘病生活であったが、こうやって慕われながら世を去れたのが、せめてもの救いだった。

 義父は戦後間もなく大学進学のため東京に上京し、そして卒業とともに九州に帰郷。その後は地元の銀行に就職し定年まで勤めた。老後は悠々自適な生活をと思っていた矢先にC型肝炎が発症。それからは入退院を繰り返す日々であった。
 私の父もそうであったが、彼等は戦後間もない頃から高度成長期の中をひたすら働き続け、ようやくその役目を終えた時に病魔に襲われた。大体ならばこれから第二の人生を楽しめたはずだが、待っていたのは生涯続く闘病生活。なんとも釈然としない思いである。大袈裟かもしれないが、彼等は日本復興の名も無き功労者であると同時に犠牲者でもあった。

 奇しくも義父の命日が「昭和の日」となり、遺族代表の挨拶を考えていたら、ふとそんなことを思った。私の中で、また少し昭和が遠くなったような気がしたのだった。



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4 comments:

sumiretti.com said...

偉大なる、お義父様のご冥福をお祈りします。
昭和7年、猿年ですね。

bonkley said...

>すみれっちさん

コメントありがとうございます。
義父は昭和8年酉年生まれになります。
たしか、天皇陛下と同い年です。
男性の平均寿命が78才なので、少しだけ
早いお迎えでしたが、よくそこまで
持ち堪えたなと思います。

恵理子 said...

C型肝炎、感染でしょうか。

知人も同じ病気で、コメント遅くなりました。
ちなみに、その知人は子供がまだ小さく、無くなる2ヶ月前、奥さんに余命とすべきことを伝えたそうです。

その時代で、東京の大学に進学なさるなど、立派なお義父様だったのでしょうね。

病気は大変だったけど、ご家族に恵まれて、幸せな老後だったかなとも思って読ませていただきました。

bonkley said...

恵里子さん

コメントありがとうございます。
知り合いの方もそうでしたか...
潜伏期間が30年以上あったりするらしいですね。
恐らくは、戦後の不衛生な時代に、注射で感染
したのではないかと思います。

やはり健康が一番ですね。