Sunday, October 17, 2010

天拝山



 土曜日、ひとり天拝山に登った。天拝山は九州に流刑された菅原道真が自らの無実を訴えるべく、幾度も登頂し天を拝したという故事に由来するらしい。登山口には武蔵寺という古刹があり、まるで山自体がこの古刹の一部のように鎮座している。
 登山道に入った瞬間、厳かな気配を感じる。私の気のせいかもしれないが、手入れの行き届いた森から浄化されたパワーのようなものを感じる。巷で言う”パワースポット”なのかもしれない。その気を浴びながら森の中を進んで行く。早朝にも関わらず、山道は多くの登山者が行き交い、「おはようございます」と挨拶を交わして行く。山を登っていると言うよりも、神社の参道を歩いているようなそんな賑わいである。最後の長い階段を登り終えると、頂上に小さな社があり私を出迎えてくれた。
 お参りを済ませ社の裏にある展望台に上がると、ふと聞き覚えのある男の話し声が聞こえた。その声の方に目をやると、なんと会社の先輩のKさんがベンチに腰掛け、居合わせた登山客と何やら話している。私がKさんに声を掛けると、彼は驚いたように私を見上げた。そもそもKさんは酒とパチンコが大好きで、およそ山登りとは縁遠い男なのだが、その不摂生が祟ってか糖尿病を患い、病気療養のため今年の始めまで会社を休んでいた。あまり無理の利かない身体なのである。
 そんな彼が会社の同僚の勧めもあって、五月に初めてこの天拝山に登ったらしい。通常は登山口から30分程度で山頂にたどり着くのだが、その時彼は一時間を掛けてようやく山頂にたどり着いたらしい。それから彼はこの山に登り続けることを誓ったらしく、今日が三十八回目の登山だったらしい。「1年間で百回登ろうと決めたんだ...」彼は照れくさそうに私に話してくれた。この山に登り続けることで、彼は何とか病気を克服しようとしているのである。彼のその意志の強さに驚くとともに、そんな願を掛けながら登っている人がいることに気付かされた。恐らく途中すれ違った人の中にも、同じ思いを抱きながら登っている人がいたのだろう。
 記念に一枚彼の写真を撮ると彼は「じゃあな」と先に山を下りて行った。山道を下りて行く彼の後ろ姿を見ながら、あるいはこの山のパワーは彼の病を治してくれるかもしれない、そんな気がして来た。この山にはそんな力があって、それを感じた人々が登っているのかもしれない。そんなことを思いながら、森に消えて行く彼の後ろ姿を私は見ていた。





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