西中洲界隈は路地が複雑である。おまけにそのバーは通りには看板がなく、途中、道に迷いながらようやく店の前にたどり着いた。「相変わらずマニアックな店が好きだね。」と部長が店のネオンサインを見ながら笑っていたら、スタッフの女性の一人が驚いたように店名を読み上げた。来たことがあるのかと尋ねたら、「16年前に一度だけ来たことがあります。」 と彼女は言った。16年前ととっさに言えたことに、私はちょっと不思議な気がした。
店に入ると客は私たちだけで、演奏までにはまだ時間があった。薄暗い店内の奥のテーブル席に腰を下ろし、飲み始めたら彼女はさっきの話の続きを語り始めた。
「16年前、新卒で入った会社の歓迎会の2次会でここに着たんです」。 ライトに優しく照らし出されたカウンターを指差しながら
「左から2番目の席に座りました。そして別れた主人が私の左に座りました。」と言った。
彼女は現在母子家庭で、今日も飲み会に参加するために、小学生の息子を預けてきたのである。驚いていると彼女はさらに話を続けた。
「その日、彼と初めて飲んで、そしてあの席でデートに誘われました。」
「まだこの店が続いているとは思いませんでした。」
よりによってそんな店を選んでしまったことを申し訳なく思い
「嫌なこと思い出させてしまって悪かったね。」と謝ったら、首を横に振って「いい思い出なんです。」と言ってくれた。
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