Wednesday, May 29, 2024

紫陽花

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   花の最期の言い方。

  「桜散る こぼるる梅に 椿落つ 牡丹崩れて 舞うは菊なり」
  どれも美しい表現だが、紫陽花は「しがみつく」と言うらしい。
  母の初七日に住職息子が、四十九日に住職父が言っていた。

  紫陽花が気の毒に思えたのだった。
  





Sunday, May 26, 2024

警固の珈琲店にて

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    居合わせた 女子客の愚痴にうなづいて
    吾娘を思う 土曜日の午後











Saturday, May 25, 2024

一二三のラーメン

一二三@住吉



   とんこつ以外 認めず今まで 生きてきて
   この醤油 いいねと思った 住吉一二三








Tuesday, May 21, 2024

誕生日

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 先日、62歳の誕生日を迎えた。このブログを書き始めたのが43歳の時だから、その頃からすると19歳も年を取った。日本人男子の平均寿命は81歳らしいから、あと20年ほどしか余命はないことになる。

 気がつけば人生の四分の三が過ぎてしまった。夏休みに置き換えて考えると、現時点は8月20日ぐらいになる。花火大会はとうに終わって盆踊り大会も終わり、そろそろ宿題に取り掛からないといけないと焦り始める頃である。気がつけばミンミンゼミがツクツクボウシに変わり、町中で「ホウシツクツク、ホウシツクツク」と憂いを帯びながら鳴いている。そんな頃である。

 そろそろ宿題に取り掛からないといけないが、宿題が何か思い出せないのである。




Sunday, May 19, 2024

端間駅

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  母の四十九日を終え西鉄端間駅近くの料亭で姉たち家族と食事を取った。端間駅は父の実家から1キロほど東に歩いたところにあり、戦後父は端間駅から福岡まで西鉄電車に乗って通勤していた。当時、福岡駅を出ると海が見えたと父が言っていたのを記憶している。父は天神で路面電車に乗り換え、職場があった千代町まで通った。やがて父と母は結婚し、一年ほど父の実家で両親や兄弟たちと一緒に暮らした。姉の話によると、ときどき母は端間駅まで父を迎えに行っていたらしい。
  
 食事会を終えて私と女房は、昔、父と母が歩いた道を駅へと向かった。六十年以上昔のことだが、新婚当時の父と母はどんな話をしながらこの道を歩いたのだろう。戦後の復興からようやく明るい兆しを見せ始めた頃である。恐らく、実家を出て二人で所帯を持つことなど、将来のことを話しながらこの道を二人あるいたのだろう。
 そんなことを考えながら駅までの道を歩いていると、その道がとても愛おしく思えたのだった。






Thursday, May 16, 2024

ちゃんぽん

福寿@長崎

 ここ1年ぐらい、ちゃんぽんへ思いを募らせていた。博多で有名なちゃんぽんをいくつか食べたが、どの店も私が思い描くちゃんぽんではなかった。
 ゴールデンウイーク、長崎へ行き二杯のちゃんぽんを食べた。一杯は昔長崎に住んでいた頃によく食べた近所のちゃんぽん。もう一杯は中華街の老舗のちゃんぽん。写真はその中華街の老舗のちゃんぽんである。
 どちらの店も、私が探し求めていた優しくてまろやかなちゃんぽんで、その二杯でひとまず私のちゃんぽん探訪は終えることができたのだが、年を重ねるごとにちゃんぽんに思いを募らせているような気がする。

 今、ご当地ちゃんぽんがブームのようである。北は北海道の網走ちゃんぽん、栃木県の高根沢ちゃんぽん、滋賀県の近江ちゃんぽん、兵庫県の尼崎あんかけちゃんぽんなどなど、全国にちゃんぽんが伝播していっている。どれも食べたことはないが、恐らく長崎のちゃんぽんとはまったく異なるものだろうと思う。しかし、それはそれで面白い。日本人は独自に進化させていくことを得意としているのだから。

 いつか網走で、凍えるような寒さの中、暖簾をくぐってちゃんぽんと対面したい。どんぶりから立ち上る湯気を見て、しあわせを感じたいと思っている。





Sunday, May 12, 2024

五圓

五圓@博多



   俺の代で終わりかな?とマスターが言う。
   五月晴れの土曜日の午後1時。
   妻はホットコーヒー、私はアイスコーヒーを頼んだ。
   奥のテーブルでは夫婦が1組カレーを静かに食べている。
   私は心のなかで「私の残したい店に登録されています。」とつぶやいたのだった。
   








Sunday, May 05, 2024

どんたく

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  がんばった君たち全員に アイス奢ってあげたいな
                             
                      by 女房





Saturday, May 04, 2024

長崎小夜曲

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 久しぶりに長崎をひとり訪れた。20年ほど前の一時期、私たちは長崎で生活していた。上の娘が生まれた直後に長崎勤務を命じられ、娘を抱え私たちは福岡から長崎へ引っ越した。初めて経験する子育てと家族での引っ越し。そして初めての支店勤務。不安と期待を胸に秘めながら長崎に着任したのだった。

 さだまさしの歌で「長崎小夜曲」と言う曲がある。1982年の曲だから私が社会人になりたての頃に発表された曲である。私の中ではこの曲が長崎のテーマソングである。長崎の夜景のようにピュアで透明感を感じるのである。

  NAGASAKI‐CITY-SERENADE おすやみの僕
  NAGASAKI‐CITY-SERENADE いとしい鴎

  傷口は多分 坂道みたいさ
  登りにするか 下りにするか
  明日決めよう

 この曲を聞くと長崎で子育てや仕事に悪戦苦闘した日々をなつかしく思い出す。ゲストハウスで自転車を借りて、当時暮らしていた町を訪れてみた。娘たちを遊ばせた公園に毎日歩いたバス停までの道。新緑の山の斜面に続く家並みがなつかしい。

 「NAGASAKI‐CITY-SERENADE おすやみの僕、NAGASAKI‐CITY-SERENADE いとしい鴎」と口ずさみながら、公園に自転車を停めてしばらくその風景を眺めてみた。幼い娘たちの笑い声が聞こえるような気がする。時が止まったような気がしたのだった。