Wednesday, December 31, 2025

ホームにて

鳥栖駅のホームにて



     
    年の瀬に 友と集いし 名残かな
    冷えゆく夜に 終電を待つ








Sunday, December 28, 2025

夫婦岩

二見ヶ浦 夫婦岩




   白波が 寄せては砕け 砂浜に
   向かい立ちたる 夫婦岩かな 
      








Friday, December 19, 2025

教頭先生

蔵王にて


 蔵王の旅館の食堂で、教頭先生に会った。教頭先生といっても、私より二回り以上年下の女性の先生である。私がはるばる福岡から一人で来たと話すと、興味深そうに私の顔を見上げた。

 山の中にあるその学校は、小学校と中学校が一つになった、全校生徒七名の小さな学校だという。驚いたことに、その七名の生徒に対して、先生は二十三名もいるらしい。中学校では一学科につき一名の先生を配置しなければならない決まりがあり、その結果、生徒と先生の数が逆転してしまったのだそうだ。
 昨夜は父兄との懇親会があり、この旅館に一泊したという。そして今日はスキー場開きがあり、生徒たちと参加する予定なのだと、少し嬉しそうに話してくれた。

 教頭先生は早々に食事を済ませ、食堂を後にした。一人残った私は、コーヒーを飲みながら山あいの学校に思いを巡らせた。七人の生徒たちと二十三名の先生が楽しそうにゲレンデを滑る風景を想像して、なんだか心がほっこりしたのだった。





Wednesday, December 17, 2025

飯坂温泉にて

飯坂温泉@福島




    夜明け前 雪に足跡 残しつつ
    鳥居くぐりて 捧げる祈り








Tuesday, December 16, 2025

芋煮

芋煮


   
    温泉宿の女将が芋煮の鍋を運んできた。
    芋煮に使う芋は悪戸芋という地元の品種らしく
    この芋でないといけないと言う。
    男山の吟醸酒を飲みながら、その悪戸芋を頬張る。
    外は雪が静かに降り積もっている。
    もうこれ以上、何もいらない。




コーヒー

鳥兜駅にて




    蔵王ロープウェイを上ってカフェでコーヒーを飲んだ。
    標高1387m。気温はマイナス10度。
    真っ白な世界を眺め、熱いコーヒーで暖をとった。
    





ホームにて

作並駅にて




   仙山線に乗って山形へ向かう。
   ふと目を覚ますと、雪景色の中にいた。
   通過列車を待つしばらくの間、降り積もる雪を眺めていた。









Friday, December 05, 2025

別府にて

めぐみ@別府




   マッチ箱 昭和の流儀 なつかしく
   湯は熱きなり 別府温泉







豊後路





    豊後路の 残りわずかを 野に歩み
    暮れゆく秋に 汽笛たゆたう





Monday, November 24, 2025

屋台玄海にて

玄海@天神



   創業は昭和25年。店主は当時8歳だったらしい。
   メニューは天婦羅のみ。
   エビにイカにイワシにキス。
   椎茸にピーマンにレンコンなど。
   八十過ぎのご夫婦が丁寧に揚げてゆく。

   大の里と安青錦の相撲について、あれは物言いを付けるべきだったと店主。
   店主の話にうなづきながら酒を飲む。
   九州場所も千秋楽まであと二日。
   博多も冬を迎えようとしていた。



Friday, November 21, 2025

晩秋

三の丸広場




   枯葉舞う道を歩く
   あっという間に 秋が終わろうとしている
   あっという間に 一年が終わろうとしている







Friday, November 14, 2025

きざみうどん

きざみうどん@あじくら




    鳥取の 締めはあじくら きざみうどん
    女房と二人 並んで啜る
   






Tuesday, November 11, 2025

昭和号

若桜鉄道_昭和号



    
     鈴なりの 柿赤くして 里山を
     景色かき分け 進む汽車かな







Monday, November 10, 2025

若桜駅

若桜駅




   山間に 入りて終点 秋深く
   雪降る前の 若桜駅かな






Thursday, November 06, 2025

スーパームーン

スーパームーン




    スーパームーン 今月今夜の この光 
    ひとりの部屋を 明るくして
  





Wednesday, November 05, 2025

モリトネリ

チキンカレー@モリトネリ




   薄暗いアパートの一室でみんなカレーを食べている。
   初心者の俺はチキンカレーの1辛。
   左のオネエサンはキーマカレーの1辛。
   右のオネエサンは2辛のチキンカレーに玉子のトッピング。
   きっと、上級者だろうと思う。
   
   次回はチキンカレー3辛にしよう。
   美味しゅうございました。
   




Monday, November 03, 2025

宇田川原豊年獅子舞

宇田川原豊年獅子舞




    豊作を 祈りし庄屋 英彦山に
    籠りし願ひ 獅子の舞かな
 





大砲ラーメン

大砲ラーメン



   
   昔懐かし大砲ラーメンを、旧友と並んですする。
   そういえば、タイホーというスーパーも昔ありましたね。
   西鉄久留米駅の近くに。
    






Saturday, November 01, 2025

天神の屋台にて

天神の屋台にて



  向こうの人が食べているのは何ですか?
  入ってきた観光客が俺の方を指さして言っている。
  これは焼きラーメンて言うとです。うまかですよ。

  10月もとうとう終わってしまった。









Saturday, October 25, 2025

北野くんち

北野くんち




   華やかに 着飾り歩む 稚児行列
   思い出さるる 吾子の昔日







Monday, October 20, 2025

焼きラーメン

焼きラーメン

 屋台で飲んでいたら、左の席にホークスのユニホームを着た家族が、重々しい面持ちで腰を下ろした。どうやら今日も負けたらしく、リーグ優勝はお預けになったようだ。
 しばらくすると、右の席ににこやかな表情のカップルが座った。聞けば札幌から日本ハムを応援に来たとのことで、ホークスに勝って上機嫌のようである。明日は柳川で川下りを楽しみ、最終戦まで観て帰るのだという。

 野球に興味のない私は、まるで両軍の間に挟まれた緩衝材のような存在だ。その緩衝材は、焼きラーメンを食べて満足している。地元なので本来はホークスを応援すべきなのだろうが、できれば札幌のカップルにもいい思い出を作って帰ってほしい。最終日、勝利の女神はどちらに微笑むのだろうか。

 そんなことを考えながら、焼きラーメンをすすった。
 そういえば、若い頃にホークスファンの先輩に屋台で焼きラーメンをご馳走になったことがあった。あの先輩は、今も元気にしているだろうか。ふと、そんなことを思い出した。



Saturday, October 18, 2025

Untitled




    街灯が ともしび残す 朝六時
    朝焼けの中 駅に向かう







Friday, October 10, 2025

旭軒

旭軒




     ビール餃子 無限のごとく 店内で
     繰り返される 旭軒かな
     
     




Wednesday, October 08, 2025

中洲

中洲




    那珂川の 水面まぶしき であい橋
    秋の夜長に 風頬なでる







Sunday, October 05, 2025

カレー鍋

カレー鍋@酒一番




    名物は カレー鍋なり 酒一番
    女房とつつく 神無月の夜





Sunday, September 28, 2025

獅子舞

大分八幡宮@飯塚



    
    獅子舞が 邪気払いたる 放生会
    稲穂の垂れし 刈りを待つ頃








Saturday, September 27, 2025

対州軒

対州軒




   裸電球の下のおでんを見つめ、しあわせを感じる。
   9月も終わろうとしている。
   





Tuesday, September 23, 2025

クリームブリュレ

ブリュレ@ワンノート




    焼き上がったクリームブリュレが3つ。
    薄暗い喫茶店のカウンターの上で、琥珀色に輝いていた。
    
    「マスター、俺にも一枚!」
    ごちそうさまでした。







Sunday, September 21, 2025

しいたけうどん

しいたけうどん@長浜うどん




    どんぶりを 抱えて下ろし 思い出す
    母が作りし しいたけうどん
   







Monday, September 15, 2025

晴華楼

餃子@晴華楼



    
    仮面ライダーのフィギュアたちに囲まれて
    味よし 人よし 晴華楼






中洲JAZZ

中洲JAZZ_2025




     川べりで ウッドベースも 心地よく
     スゥイングしてる 中洲JAZZかな








Sunday, September 14, 2025

ビスマルク風

Untitled


写真はイタリア料理店で先日食べた、アスパラガスと何とかのビスマルク風。
目玉焼きや半熟卵を乗せた料理をビスマルク風と言うらしく
ドイツの初代宰相で、鉄血宰相と呼ばれたビスマルクが好んだ食べ方に由来するらしい。

いろんな料理をビスマルク風にして楽しんでみよう。




Saturday, September 13, 2025

カラオケ

Untitled

 

    
     カラオケの 画面見つめて 遠き日に
     想いはめぐる 夢のあとさき






Thursday, September 11, 2025

フラメンカエッグ

フラメンカエッグ@VITAM




    フラメンコじゃないんですか?
    フラメンカなんです
    よくわからないけど...

    アンダルシアに行きたくなった







Saturday, September 06, 2025

入道雲

すのこ界隈



 女房と簀子(すのこ)の路地に入ると、正面に入道雲が迫って見えた。
 自転車でこちらに向かう人が、まるで迫りくる火砕流から
 逃れようとしているように見えて、思わず立ちすくんだ。
  





炒飯

チャーハン@鍛冶屋餃子




    長老と シェアして食べた チャーハンを
    美味しかったよ 鍛冶屋餃子






Wednesday, September 03, 2025

からし蓮根

からし蓮根@料理天国




    旅終えて からし蓮根 頬張って
    酒は川辺の 米焼酎で








Monday, September 01, 2025

青春

有明フェリー




     青春の 後ろ姿が まぶしくて
     海をかき分け 行くはるかへ











Sunday, August 31, 2025

夏の終わり

有明フェリー




    向かいを走る船が、楽しかった夏を載せて 
    僕らが乗る船と、すれ違おうとしている
    どこか遠くに行こうとしている
   






Wednesday, August 27, 2025

今月今夜

八兵衛地蔵尊大祭




    八兵衛の 義を貫きし こころ継ぎ
    今月今夜 灯に祈らむ








左内坂

左内坂@市ヶ谷




   左内坂 一朶の雲を 仰ぎ見て
   拳握った 夏の終わりに
  






Sunday, August 17, 2025

夏休み

柿の浜海水浴場




   思い出は 遠く消えゆき 波の音
   まだ鳴りやまぬ 蝉の声かな






Saturday, August 16, 2025

岬の男

佐賀県立美術館にて




   佐賀県立美術館にて。
   岬の男の面構えが、僕はとても好きなんです。
 






Friday, August 15, 2025

佐賀平野

佐賀平野





     夏の日を 背に受け汽車は 走りゆく
     緑まぶしき 田園の中







Wednesday, August 13, 2025

笛吹横丁

笛吹横丁





    雨の中 たどり着いたよ 小値賀島
    歌に涙の 笛吹横丁







Thursday, August 07, 2025

崎津にて

崎津にて




    なにごとも なかったような 崎津浦
    なかったことに できぬ祈りよ







Tuesday, July 29, 2025

港にて

港にて





     炎天下 進水式待つ その船に
     蝉時雨の 鳴りやまぬ午後









Saturday, July 26, 2025

金曜の夜

Untitled





     ばあさんの 青いドレスが 涼しげな
     七月おしまい 金曜の夜






 

カツオのたたき

カツオのたたき@万惚





    藁焼きの カツオほおばり 目をとじて
    思いは駆ける 土佐の黒潮










Sunday, July 20, 2025

北海道

P7130028

 北海道を4日間旅した。小樽、余市、旭川、最後に札幌に泊まって福岡に帰った。
 北海道の開拓が始まったのは明治2年。屯田兵や入植者たちは原野を切り拓き、道を作り、畑を耕し、家を建て、やがて村を築いていった。北海道ですれ違った人々の祖先たちが苦労して北海道を切り拓いていったと思うと、道行く人達にさえ畏敬の念を覚える。

 260年続いた幕藩体制を終わらせ、日本は近代化を急いだ。イギリス、ドイツを手本とし、国家造りを邁進していった。南下政策をとるロシアに対抗するため、屯田兵は北海道の開拓と防衛を任務として配置された。平時は農業に従事し、有事には軍隊としてロシアの侵攻に備えた。

 明治期になって日本人は国家という概念を持った。札幌の街を歩いていると、その国家の形を築こうとした明治の人々の強い意志と努力が、今なお街の空気の中に感じられるような気がしたのだった。